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宇都宮地方裁判所 平成6年(ワ)59号 判決

原告

有限会社エル・ワン

右代表者代表取締役

廣能達雄

右訴訟代理人弁護士

黒田純吉

同訴訟復代理人弁護士

虎頭昭夫

被告

ジェイ・ピー三十六株式会社

右代表者代表取締役

林富雄

右訴訟代理人弁護士

河合弘之

西村國彦

清水三七雄

本山信二郎

同訴訟復代理人弁護士

松井清隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、二五一五万円及びこれに対する平成五年一〇月三〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件訴訟の法的性格と争点

本件訴訟は、被告が宇都宮市横山地区に建設を予定したゴルフ場「J&Pゴルフクラブジャパン」(以下「本件ゴルフ場」という。)について、被告との間で正会員として入会契約を締結した原告が、本件ゴルフ場の開場遅延が債務不履行に当たるとして右契約を解除し、被告に対して支払った入会金、預託金等の合計二五一五万円とこれに対する右解除の翌日以降の商事法定利率による遅延損害金の支払いを求めた訴訟であり、本件ゴルフ場の開場期限に関する合意の有無及びその性質、開場遅延の有無、並びに被告の債務不履行の成否が主要な争点である。

二  当事者間に争いがない事実

1  原告は、ゴルフ場の建設等を目的とする被告が、栃木県宇都宮市横山地区に建設を計画し、訴外日本広販株式会社を通じて会員募集を行った本件ゴルフ場について、平成二年一〇月二一日、右募集に応じて被告との間で入会契約を締結(以下「本件入会契約」という。)し、同日から同年一一月一五日までに、入会金五〇〇万円、預託金二〇〇〇万円、消費税一五万円を合計した二五一五万円を被告に支払った。

2  その後、原告は、平成五年一〇月二九日被告に到達した内容証明郵便により、本件入会契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。

三  争点に関する原告の主張

1  本件ゴルフ場の開場期限は平成四年一〇月とされていたが、現在まで建設工事が完成しておらず、開場が平成八年秋以降にずれ込むことは確実である。

2  原告は、右開場期限が経過したので、本件入会契約の履行遅滞を理由として本件解除をした。なお、原告は、被告に対して履行を求める催告をしていないが、仮に原告が催告をしても、被告の遅滞が早急に解消する可能性はなかったから、催告は不要である。

四  争点に関する被告の主張

1  原告の主張1のうち、本件ゴルフ場が現時点において完成していない事実は認めるが、被告が平成四年一〇月開場を約束した事実は否認する。同2の主張は争う。

2  本件ゴルフ場の会員募集パンフレット等の記載から明らかなように、原告主張の開場期限は予定に過ぎず、右期限を経過した場合でも、社会通念上相当として許容される期間内の遅延は債務不履行に当たらない。

3  ゴルフ場の建設は、三〇万坪を超える広大な用地と一〇〇億円を超える莫大な資金を必要とし、五年ないし一〇年という年月に加えて専門的な調査や莫大な資料を要する大事業であり、しかも、ゴルフ場の開発許可やその後の工事に関する法令上の諸規制、関係行政庁による指導、事前審査及び許認可等のみならず、多数の地権者との買収交渉や地域住民との交渉、更には困難な立地での工事等、予測できない諸々の障害があるため、工事が大幅に遅延することも少なくなく、諸事情により開場遅延のあり得ることは、ゴルフクラブの入会契約(以下「ゴルフ入会契約」という。)において暗黙に了解されていることである。

4  また、現在日本のゴルフ場で主流となっている預託金会員制度のもとでは、会員からの入会金及び預託金がゴルフ場建設の主要な資金となっているところ、ゴルフ入会契約は、契約内容が多数の会員に共通する画一的かつ非個性的なものであり、ゴルフ場の開場遅延を理由とする一部会員の入会契約解除が認められると、必然的に他の会員の契約解除も認められることになるから、これら会員に対して入会金及び預託金の返還を迫られるゴルフ場建設企業の倒産は必至であり、そうなった場合には会員権が無価値となって、多くの会員の権利が侵害されることにもなる。

したがって、口頭弁論終結時において、近い将来ゴルフ場の開場が見込まれる場合には、開場遅延を理由とするゴルフ入会契約の解除は制限されるべきである。

5  更に、本件ゴルフ場は、バブル崩壊の影響による資金不足に加えて、行政指導の強化や、当初予定していた進入路が地元警察の指導により変更を余儀なくされること、予想外の粘盤岩地質や平成三年の多雨のため工事が難航したことなどが重なり、未だ開場に至っていないが、被告のグループ企業の協力により、現在工事出来高が六〇パーセントに達しており、平成八年一〇月には完成する予定である。

6  また、被告は、本件ゴルフ場のゴルフ入会契約を締結した者に対し、当初の開場予定時期を経過した平成五年四月以降、被告のグループ企業の三つのゴルフ場について、年会費を納めることなく正会員として利用できるよう手配して代替措置を講じている。

7  以上に述べたような、ゴルフ場建設及びゴルフ入会契約の特殊な性格、契約解除の影響の重大性、本件ゴルフ場の開場遅延の原因と遅延の程度、完成の見込みの有無とその時期、この間被告が講じた代替措置等を考慮するなら、被告に債務不履行はなく、原告の本件解除は無効である。

五  原告の反論

1  未完成のゴルフ場の会員権販売にあたっては、諸々の要因からゴルフ場の開場遅延があり得るので、ゴルフ場会員権の購入者も、ある程度の遅延は予測しており、したがって、遅延の程度如何によっては、解除権の発生しない場合があり得る。

2  しかしながら、本件ゴルフ場については、開場予定時期から既に三年以上経過しているにもかかわらず、工事そのものが終了しておらず(未だG調整池が完成していないため六ホールの造成工事に着工できず、クラブハウスも未着工である。)、被告が主張する平成八年秋の完成も希望的観測に過ぎない。

このような状況に照らすなら、本件ゴルフ場の開場遅延の程度は、もはや許容限度を超えているというべきであり、被告の債務不履行は明らかである。

3  被告は、本件ゴルフ場の開場が確実であり、代替措置も講じているなどと主張しているが、履行遅滞の有無の判断は、当初の開場予定時期との関係でどの程度開場が遅延したのかにより決せられるのであるから、開場が確実であるとの事実は意味を持たない(すなわち、仮に開場が確実であっても、遅延の程度が許容範囲を超えているなら、履行遅滞を否定することはできない。)。

また、ゴルフ場にはそれぞれの個性があり、購入者にとっては、とにかくプレーができれさえすればよいと言うものではないから、被告主張の代替措置をもって、原告の解除権の発生を否定する理由とはならない。

4  更に、被告が主張する工事遅延の事情は、いずれも当初の計画の時点で当然予想されなければならなかったものばかりであり、予想外の事情とは言いがたい。仮に予想外であったとしても、その犠牲を関係のない原告に負わせるのは不合理である。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

第四  当裁判所の判断

一  開場期限の合意の有無及びその性質

1  まず、甲第一号証、第五号証、乙第一八号証、第三一号証、被告代表者の供述、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によると、被告は、最終ホール数三六ホールの本件ゴルフ場建設を計画し、当初に開場する予定の一八ホールについて、土地の取得や諸調査を進めたうえ、平成元年一一月六日付けで栃木県に開発許可申請をなし、同二年七月一二日右開発許可が下りたのを受けて、そのころから本件ゴルフ場について開場前の会員募集を開始し、同年一〇月二一日原告との間で本件入会契約を締結し、原告から入会金等の二五一五万円を受領したこと、右契約締結時に原告と被告との間で取り交わされた重要事項確認書に本件ゴルフ場の開場期限の記載はないものの、被告がその当時発行していた案内書(コース概要と募集要項等が記載されたパンフレット)には本件ゴルフ場の開場予定が平成四年一〇月と記載されていることが認められる。

2  ところで、ゴルフ入会契約は、当該ゴルフ場のゴルフクラブに入会する契約であり、会員として当該ゴルフ場でゴルフプレーできる権利を目的とするものであるが、それと同時に、資産的価値を有するゴルフクラブ会員としての権利義務(一般的にはゴルフ会員権と称されている。)をも取得する行為であり、俗に「ゴルフ会員権の購入」と言われるものである。

したがって、当該ゴルフ場の開場時期は、ゴルフプレーが開始できる日であると同時に、ゴルフ会員権の処分が可能となることをも意味するものであり、入会する者にとって極めて重要な事柄であることは勿論、入会者が入会契約にあたって考慮する重要な事項であるから、こうした事実に照らすと、右パンフレットに記載された開場予定時期は、被告が原告に対し、本件入会契約の前提として約束した法的拘束力のある合意というべきである。

3  しかし、また、ゴルフ場の建設は、被告が主張するように、三〇万坪を超える広大な用地と一〇〇億円を超える莫大な資金を必要とし、五年ないし一〇年という年月に加えて専門的な調査や莫大な資料を要する大事業であり、ゴルフ場の開発許可やその後の工事に関する法令上の諸規制、関係行政庁による指導、事前審査及び許認可等のみならず、多数の地権者との買収交渉や地域住民との交渉、更には困難な立地での工事等の困難な問題を抱えており(甲第五号証、乙第一八号証、第一九号証、第三一号証及び被告代表者の供述)、これらの事情のため工事が大幅に遅延してゴルフ場の開場が遅延することのあり得ることは、ゴルフクラブの入会を希望する者においても、容易に理解できる事柄であるから、前記本件ゴルフ場の開場予定時期も、こうしたゴルフ場建設の特殊性を踏まえ、不確定な要素を折り込んだ合意であると理解せざるを得ない。

4  したがって、仮に、開場予定時期までにゴルフ場が完成しなかったとしても、そのことから直ちに債務不履行を来すものではなく、ゴルフ場建設の進捗状況を客観的に判断した場合に、右のようなゴルフ場建設の特殊性を考慮したとしても、なお、右開場の遅延が入会者の予測と許容の限度を超えていると認められる場合に、初めて債務不履行に該当するものと解される。

二  本件ゴルフ場の開場遅延の原因と完成見込み時期

乙第一ないし第四号証、第一二号証、第一三号証、第一八ないし第三八号証、証人宮澤史仁の証言及び被告代表者の供述に前記争いのない事実と弁論の全趣旨を併せると、以下のとおり認められる。

1  被告は、当初、本件ゴルフ場について、まず正会員一三五〇名、平日会員四〇〇名を募集して、取り合えず三〇〇億円を超える資金を取得することを予定していたところ、バブル崩壊の影響が深刻化する過程で、結果的には正会員六一一名、平日会員五六名しか募集できず、資金確保の目論見が大きく狂ってしまった。

しかも、バブル崩壊後の社会情勢の変化に伴って金融機関の融資基準も厳しくなるなか、平成三年秋には茨城カントリークラブに関する大型詐欺事件が発生し、ゴルフ場会員権に対する不安感が社会的に高まったこともあり、その後の被告の会員募集は事実上不可能となった。

2  そのため、被告は、資金不足に苦しみながら、グループ企業の協力を得て、何とか細々と建設事業を進めてきたが(平成三年が多雨に見舞われたことも遅延を助長しているが、これは遅延の主要な原因ではない。)、平成四年一〇月の開場予定期限を過ぎてもコースの荒造成すら完成していない状態であった。しかも、これより先の平成三年一〇月ころから、公道から本件ゴルフ場へ通じる進入路を安全で走行しやすい位置に変更する話が持ち上がっていたところ、右変更後の進入路が農業振興地域内の農地を通過することから、土地改良事業計画として右進入路用地を非農地化する必要があり、平成四年一一月には右計画事業施行の認可が下りたものの、その後の諸手続に時間を要し、この進入路を使用して行うことを予定していた本件ゴルフ場の一部の工事ができず(ちなみに、右進入路は、平成六年には一部舗装が完了している。)、平成七年一〇月二四日に検証を実施した時点でも、荒造成とその後のコース造形工事が完了して芝張り直前の状態に達したコースがある反面、調整池工事未了のため造成工事に取りかかれないコースや荒造成途中のコースもある状態であった(勿論、芝張りやクラブハウスもできていない。)。

3  したがって、被告が、クラブハウスを完成させ、本件ゴルフ場を正式に開場するのは平成九年春ころとなる見込みである(被告内部の資金繰り等の事情について把握困難な点はあるものの、現在までの工事の進捗状況から見て、本件ゴルフ場建設工事が頓挫することはないように見込まれる。)。

三  被告の債務不履行の成否

1 前記認定事実から明らかなように、本件ゴルフ場は現時点で完成しておらず、正式開場は平成九年春ころとなる見込みであるから、前記平成四年一〇月の開場予定期限から計算すると、実に四年半もの開場遅延を来すことが見込まれるのであり、このことは、とりも直さず、この遅延期間中、原告の本件ゴルフ場におけるゴルフプレー(原告は法人であるので、現実のプレーは原告代表者等がするものと思われる。)と会員権の売却が妨げられることを意味している。

2 しかしながら、乙第三ないし第八号証、第三一号証及び被告代表者の供述によると、被告は、本件ゴルフ場の開場が予定期限より遅延したため、平成五年四月一日からグループ企業が経営している二つのゴルフ場(茨城県新治郡八郷町にある「ウイルソンロイヤルゴルフクラブやさとコース」と栃木県芳賀郡益子町にある「ウイルソンロイヤルゴルフクラブましこコース」)、同年五月一五日からは更に一つのゴルフ場(茨城県西茨城郡岩瀬町にある「ウイルソンロイヤルゴルフクラブジャパンいわせコース」)を追加し、地域的にも近く、規模やグレード面でも本件ゴルフ場と遜色のない合計三つのゴルフ場について右各期日から本件ゴルフ場完成までの期間中、それぞれのゴルフ場について会員と同様の資格でゴルフプレーできる措置を講じたことが認められるので、ゴルフプレーに関する原告の前記不利益は、被告の右代替措置により補完されているものと見ることができる。

3 もっとも、右代替措置はあくまでもゴルフプレーに関するものであり、前記開場遅延期間中、原告が本件入会にかかる会員権を処分できないことの不利益は依然解消されていないこととなる。

しかし、バブル崩壊後の経済的打撃が、平成二年以降更に深刻化したことは衆知の事実であり、その後の深刻な不況の中で、ゴルフ場の開場が当初の予定より遅延したことには一般的に見ても止むを得ない面があるし、前記のように三〇万坪を超える広大な用地と一〇〇億円を超える莫大な資金を投入し、五年ないし一〇年という年月をかけて行われるゴルフ場建設事業の実態を考えるなら、関係者の当初の予測を超える社会情勢の変化によって事業の推移に大幅な変更が生じることも、社会一般的には予見できない事柄ではなく、それ故に、また、ゴルフ場建設の頓挫により損害を被る危険性を持つ反面、ゴルフ会員権の大幅な値上りという利益をも見込めるのであり、開場前のゴルフ場会員権の購入は、いわばこのようなリスクを抱え持つ行為であるから、このような予測を超える社会情勢の変化等の外的事情によりゴルフ場の建設が遅延したような場合には、仮に右開場遅延が長期間に及んだとしても、当該ゴルフ場建設工事が現に続行されていて完成の見込みがあるときには、ゴルフクラブ入会者においてその開場遅延を受忍すべき場合があると言うべきである。

4 また、本件ゴルフ場の開場遅延は、前記のとおりバブル崩壊後の不況等の諸事情により会員権の販売が思うようにできず、予定していた資金を確保できなかったことがその基本的原因である(その外にも多雨による遅延や進入路変更による遅延も存するが、これは主要な原因ではない。)ところ、ゴルフ場の建設を、自己資金ではなく会員権を販売して得た資金により行うことは、当時一般的に行われていた方法であり(弁論の全趣旨)、このような方法により本件ゴルフ場の建設を行ったことをもって被告を責めることはできず、被告がことさら杜撰な建設計画を立案していた等の被告固有の帰責事由も見当たらない。

5 以上の諸事情を勘案してみると、なるほど、本件ゴルフ場の開場は、開場予定期限から実に約四年半の遅延となる見込みであるが、ゴルフ会員権の主たる目的であるゴルフプレイについては被告の代替措置により充足されているうえ、本件ゴルフ場の開場遅延の原因もバブル崩壊後の不況等の諸事情に基づく資金不足によるもので、被告に固有の帰責事由があるわけではなく、また、現に本件ゴルフ場建設工事は続行され、平成九年春ころには正式開場となる見込みであり、バブル崩壊という異常な事態のもとで、被告が可能な努力を続けてきたものと評価できるのであるから、前記ゴルフ場建設の特殊性や、開場前のゴルフ会員権のリスクを勘案するなら、本件ゴルフ場の右開場遅延は、原告においてこれを受忍すべきものである。

6 したがって、本件ゴルフ場の開場遅延をもって、被告に債務不履行があるものと言うことはできない。

第五  結論

よって、本件解除は無効であり、原告の本訴請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官宮岡章)

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